日本宣教会は

日本宣教会は、1823年に設立され100年以上の伝統を持つ、メソジスト、ホーリネス系のキリスト教プロテスタントのグループです。聖書信仰と明確な信仰体験を大切にしています。どちらの教会にもお気軽にお出かけください。心から歓迎いたします。

 

Our Mission

創設の経緯と理念

1. 日本宣教会の起源

日本宣教会がなぜ、どのようにして生まれたかを、創設者である相田喜介の宗教経験から説き起こします。

 

1) 幼少時代

日本宣教会創設者相田喜介は、 1889 (明治22年) 5月20日に山形県米沢市に生まれた。 幼少のころ知人の急死の知らせを聞き、 死後のことを考えて不安を感じたがこれが宗教的経験の第一歩である。 次に米沢の大火があり、廃と化した市中を見てその厳粛さによって「どんな大邸宅でも、焼ければこのようになる。永遠に失われないものが欲しい。」 と永遠なるものを求めはじめた。 これが第二の原因である。 まもなく学友らの誘い合っている姿から日曜学校に導かれ日曜ごとに教会に通うようになった。 しかし父の反対にあい、父に逆らってまで日曜学校に通うことは罪であると思い中止した。 その後この宗教から遠ざかり、むしろ教会に通う人の中に不道徳を見て、かえってはげしい反対者となった。

2) 青年時代

17歳のころ、 あい続く親友の病死によって心が覚醒し、 再び死の問題を考えて悩みはじめた。 死後の世界を考え、その解答が得られず毎晩眠れぬ世を過ごすようになって深刻な心の問題となった。 いまや名誉も、 野心も宗教攻撃もなかった。 「人は何のために生まれ、また死後はどうなっていくのか。」 という人生の大問題を真剣に考えたからであった。 そのとき、かつて出席していた教会に再び出席するように神に導かれた。

 

3) 救いの体験

その後救われるにはどうしたらよいか知っている人はいないかと尋ねたが、ある青年から 「神の存在を信じ、人間の罪を認め、 キリストの十字架の贖いを信じ、 次に神に対して悔い改め、イエスにすがれば救われる」 と書いてあったトラクトの存在を知らされた。 それについて家に帰って考え、 一週間後に信じる決断をした。1908年(明治41年) 2月8日の日曜日における洗礼式の朝、 「神さま、 私はキリストのためにどんな迫害を受けてもよろしいですから、 どうぞ死後の解決を与えてください。」と祈った。 そのとき、 天来の光と平安が心の中にみなぎり、長い間の罪の重荷、 死の不安は一瞬間に取り去られ全く喜びに満たされた。 その日教会から飛ぶように帰った。 時に19歳であった。

4) 伝道者の召命

救われてまもなく、 祈るたびに伝道者となれとの聖声を聞くようになり、 いろいろな方面に無知であったため、導かれるまま教会の牧師に相談したところ、 牧師、 信徒たちからも将来性のゆえに反対を受けられた。 使命への道は八方塞がれたかにみえたが、 一年後、 ついに上京して東洋宣教会の聖書学院に学ぶ道が開かれた。

 

5) 聖潔の恵み

1909(明治42) 年7月の学内の聖会のとき、 相田は聖潔の経験を求めて二度も恵みの座に出たが、はっきりした教理と救いの条件などを教わっていないため恵みを得られず困惑した。 その夜、 戸山ヶ原に行き学友と祈り始めた。 友達は夜半に中止して帰ったが、相田は祈りをやめず明け方四時頃になって、 聖霊の語られた 「イエスの血、 すべての罪よりわれらを潔む。」 との聖句をもって、 潔めるのは主イエスの血である、 よって人間の側は、それを信仰をもって受け入れれば得られると示された。 その御声に従い、 信仰を働かせて立ち上がったとき、勝利を与えられた。

6) 米国留学

その後、教室や集会において教理を注意深く学ばれたが、 聖潔を求める人々が大いにもかかわらず、明白な経験に導かれる者が少ないのを知り、 教理の不完全のためと悟ったが、 適当な学校がなかった。 神が道を開かれることを祈りつつある団体で十年ほど奉仕した。折しも神は深いご節理のうちに米国より世界的な聖潔の伝道者アズベリー大学総長モリソン博士と副総理ジョンパウロ博士を日本にお送りくださり、 待望の説教を聞く機会をお与えになった。 後にモリソン博士からの招待によって、 道が開かれ1920(大正9) 年日本に妻子を残し、単身渡米しアズベリー大学の留学生となった。

7) 日本宣教会の創設

健全な聖潔の教理の研究のため、渡米後の相田はその方面を真剣に学。 それとともに、しばしば米国の各地を巡回し著名な大伝道者たちと交流、種々の方面から聖潔の教理をただ。 1922(大正11)年7月ケンタッキー州ウイルモアの大キャンプ集会に出席したとき、神から日本宣教会創立の使命を担うべきであるとの御声を聞き、 そのために祈りを続けていた。

1923(大正12)年1月ウイルモアの集会において神は大リバイバルをおこされた。 その大会においても、神はさらに前年の御言を繰り返された。 それだけでなく、神は志を立てさせこれを成就させられるとの御心を次の聖句をとおして示された。 ヨブ22章28節、ピリピ2章13節、 エゼキエル 36章36~38節。同年3月8日アズベリー大学講堂における説教のとき、 神はこの新使命のために支えてくださるとの御声を相田は聞いた。 その時より新使命に歩む決心をした。 神の御旨により1923(大正12)年4月24日アズベリー大学において日本宣教会 (Japan Missionary Society) が創設されるに至った。 これは英文の印刷物によって広く発表され、 各地の聖徒たちから喜びの書状を受け多くの後援者も続出した。 相田はその夏、 日本宣教会の働きを紹介するために米国の各地を巡回伝道し、いたるところで神の栄光を拝された。 しかし、その年の 9月日本では関東大震災が起こり救霊の働きの急務を感じた相田は、1923(大正12)年12月末帰朝され新使命への伝道に着手した。 これが日本宣教会の起源である。


2. 創設にあたっての神の約束の言葉

「あなたが事を決めると、 それは成り、 あなたの道の上には光が輝く。」 ヨブ記22:28

「主によって 人の歩みは確かにされる。 主はその人の道を喜ばれる。 その人は転んでも倒れ伏すことはない。主がその人の腕を支えておられるからだ。」 

詩篇37:23.24

 

「神はみこころのままに、 あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、 事を行わせてくださる方です。」 ピリピ 2:13

「あなたがたの周りに残された諸国の民も、主であるわたしが破壊されていたところを建て直し、 荒れ果てていたところに木を植えたことを知るようになる。 主であるわたしが語り、これを行う。」 神である主はこう言われる。 「わたしはイスラエルの家の求めに応じ、 このことを彼らのためにする。 わたしは人を羊の群れのように増やす。 ちょうど、聖なるものとして献げられる羊に群れのように、 例祭のときのエルサレムの羊の群れのように、廃墟であった町々を人の群れで満たす。 そのとき彼らは、わたしが主であることを知る。」 エゼキエル36:36~38

3. 日本宣教会の理念

日本宣教会は、 旧 新約聖書 66巻を誤りなき神の言葉と信じる福音主義と神学的にはウエスレアン・アルニアンの立場に立ち、 教会政治は合議的監督制である。 さらに以下の基本理念はもつ。

①宣教と救霊

日本宣教会は、あるゆる方法を用いてキリストの福音を宣べ伝え (宣教)、 魂をキリストに導くこと(教霊) を使命とする。

② 明確な霊的な経験

日本宣教会は、 新生と聖潔 (きよめ)を主張する。 新生は神に対する悔い改めと主イエス・キリストに対する信仰によって与えられ、 聖潔 (きよめ) は神に対しる全的献身と主イエス・キリストの血潮に対する信仰によって受ける。

③敬虔な歩み

日本宣教会は、 神を畏れ、 神の御言葉と御霊の導きに従い、 再臨の主イエス・キリストを待ち望む敬虔な歩みを追い求める。

 

④教会形成

主イエス・キリストの御心は、キリストのからだなる教会を建て上げることである。 日本宣教会は、地域教会の形成を宣教の目的とする。